アサイド

私はHSP氣質の傾向があるので、元HSCだった訳ですが、そんな私にも理解が難しいほど今のHSCは高敏感・繊細です。

他のHSPママたちもよく同じことを言います。そして、「元HSCの私だって毎日普通に学校に行ったし、辛いことがあっても乗り越えてきたのに、なぜあなたにはできないの?」とわが子を責めた経験が必ずあるようです。

私もそうでした。世の中には辛い境遇に生まれる方もいらっしゃいますが、私の実家はそれほどでなくても機能不全家庭には入るのかもしれません。両親、嫁姑、親族間の紛争が常にあり、母がHSP & スピリッツ・アダルト(今思えば)でヒステリックな癇癪持ちで、二つ下の弟もHSCで高敏感からよく癇癪(正しくはメルトダウン)を起こしていました。父は帰宅が遅いので、母と弟との生活が中心でした。

なんとなくうちはクラスで二番目くらいに貧乏な家だと思っていました。母はパートで働き、共稼ぎでしたが、事情により経済力の無い家でした。小学校低学年の頃の日記に「学校から帰ってとてもお腹が空いた。とってもとってもお腹が空いたのでベッドの枠がビスケットに、壁がクリームに見えたので舐めてみたら味がしませんでした」と数回書いています。(´ー`)

私には「お母さん♡」と言って母に抱きついた記憶がありません。両親からは「全く手がかからなかった」と言われますが、その理由は私が自分の感情を表せる状況でなかったからだと思います。余裕がなくヒステリックな母の機嫌を常に伺いながら、同じく癇癪持ちの弟にばかり母の愛情が注がれているのを嫉妬しながらの寂しい幼少期でした。

癇癪持ちの母と弟に挟まれ、私が自分の精神状態を氣にしたり、癇癪を起こしたりする場合ではありませんでした。誰も助けてくれないから我慢するか、外で何かの形で発散するしかなかったようです。教室の中では静かな方だったんですが。

長くなりましたが、そのようなわけで、私からすると娘たちは随分と恵まれたお嬢様に見えるのです。その娘たちが「服のタグがチクチクする!」とか「眩しいからカーテン閉めて!」とか、絞ってもいない柚子風呂に「肌がピリピリする!」と言って泣き出したり、飛行機のにおいがダメで嘔吐と鼻血が止まらなくなりドクターストップで乗り継ぎ便に乗れなかったり、ロンドンのナショナルギャラリーの宗教画を観て「怖い!!帰りたい!!」と泣き出したりすると、

・なぜこんなに不平不満が多いのか?(欲求不満耐性が低いのか?)

・なぜ小さなことに感謝できないのか?

・なぜ当たり前のことが普通にできないのか?

・私を困らせようとしてわざとやっているのか?

・こんなに大変な子が生まれたのはなんの地獄か罰なのか?

・幼稚園や子育て支援員センターの専門家、スクールカウンセラー等に相談しても解決しないのは私のせいなのか?

・誰かに相談しても、私が厳しすぎるから、甘すぎるから、完璧主義だからでは?などと指摘されるだけ。

・一生懸命いいお母さんを目指してるのにうまくいかない。優しくしても厳しくしても解決しない。当然虐待はできない。もうお手上げだから寄宿舎に入れて世間様に育てていただくしかないのかも。

などと思えてくるのでした。

さらに娘たちが小4、小5でそれぞれ不登校になると、恵まれ過ぎていることの代償かと思えてきました。

ここまで書いて少し疲れました。続きは次回にいたします。

昔より高敏感・繊細な子どもたちが生まれてきてるのはなぜ?

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